対談:カルラ・リナルディ+佐藤学

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7月15日にイタリア文化会館で開催された
対談:カルラ・リナルディ+佐藤学
「驚くべき学びの世界ーレッジョ・チルドレン代表に尋ねる」
という講演を聴きに行ってきました。

講演内容を抜粋してご紹介いたします。
実際に話を聞くのとでは大きな違いがあると思います。
この対談を聞く事の出来なかった方は
是非、カルラ・リナルディさんの著書(英文ですが...)を
お読みになってください。この記事の最後にご紹介します。

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◎子どもとは......
子どもたちは主体、市民としてー未来の市民ではなく現在の市民
子どもは新しい文化を持つ

◎子どもと教育と文化とは?
子どもはどのような文化的イメージを持っているか?
子どもはどのように学ぶのか?
教育するということはどういうことか?
学校が直面していることは何か?
文化をつくるということなのか?

◎現在の子どもの一般的なイメージ......
子どもが持っていないもの、できないこと
何をしないか、何ができないかで定義する。
子どもに関するすべてを大人が決定できる。
子どもは大人の所有物だと考える。
(心理学・精神分析学・教育学の様々な論などが、
子どもはこのようなものであるというイメージ・システムを作り上げる。
ことばがない、歩けない、など)

子どもは何が出来るか?から出発する考えや活動する人が少ない。
「子どもはもろい、何もできない」ではなく
「こどもが何を持っているか、できるか」と
顕在能力を強調する人は少ない。

◎子どものアイデンティティーと新しいイメージ ー Rich and Powerful children
子どもは生まれた時から学ぶ力を持っている。
(好奇心があり、源であり、能力に富んだ存在である)
子ども自身が自分自身の人生を創造する主役にならなければならない。

◎子どもの顕在能力 ー Wondering and Potential
子ども自身が「自分は創造する力を持っている」と知っている。
人間が持つ素晴らしい特徴は、ポテンシャルがあるということ。
(何々ができる、ということ)
学ぶ時の驚きや顕在能力を導くのは大人の役割。
(もし○○があれば、○○ができる・・・)

子どもは世界と出会いたいし、どうやって出会えるのかを知っている。
子どもはPotential=可能性とCompetent =意欲を持っている。
人間は愛に満ちている。愛でできているから、物、他人との
相互作用により物事が変わっていく。他者との関係をつくると同時に、
自分を作り上げるという、自己創造を果たしている。
自分の人生に対する理論や解釈を作りあげていく。

子どもは心と体を使い、ホリスティック(全体的)アプローチで物事を学んでいく。
美術も科学も一緒、さまざまな物事を分けてしまったのは大人である。
このホリスティック(全体的)アプローチでは、カテゴリー分けしてはいけない。
学びは学校に通いだしてから始まるのではなく家族・町の中で、
生まれた時から好奇心を持って学んでいく。他の子どもとの相互作用、
人との関係によって学び、様々なことを認識し、感動する。

◎ラウラの日記 ー The Diary of Laura
レッジョでは3ヶ月から3才までの幼児乳児保育所
(現地では『こどもの巣』と呼ばれる場所)に通う。
世間一般の子どもに対する概念ー子どもは〜をやらない
(歩かない、しゃべらない、自分を表現しない)で定義されている。
ラウラは子どもについての固定観念を変えさせてくれた。
子どもがいかにリッチでポテンシャルに富んだ存在かという事を示してくれた。

【ラウラ(10ヶ月の女の子)の様子】
*ここでは子どもの人差し指を使った「指差し」の暗号(Communication Sign)を
読むこと(decode)の大切さに着目してラウラの様子を観察して行きます。

1 / ベビーチェアーにラウラという名の10ヶ月の女の子が座っています。
テーブルの上にある、商品カタログを熱心に見入っています。

2 / ラウラはページをめくり、先生に肩を寄せます(身体の言語を使用)

3 / さらに、先生に寄り、先生を見つめます(何かを問いかけ訴える様子)
左手の人差し指でカタログの腕時計を指差す。
(身体・視線・顔の表情・人差し指の4つの言語を用いている)

4 / 先生は自分の腕時計にラウラの耳をあてた。
ラウラは驚き、時計の音に集中しています。
(子どもの問いにどのように応えるか、どのように好奇心を広げるか
大人は注意深く選ばなくてはならない)

5 / ラウラは商品カタログの腕時計の写真に耳を押しあてる。
先生はラウラが驚き、びっくりすること、ラウラ自身で仮説を立て、
考えることができる機会を与えました。
(さまざまな機会をもとに、子どもは考える。色々なものを結びつけることで
仮説を立てそこから新しい発想をもつ)

写真の時計に耳を当てることを、大人は間違った解釈と捉えるが
子どもは仮説を立てる努力をしています。
このことからも、新しい子どものイメージ、捉え方によって、
学校、大人の考え方を見直すことができるのではないか?

子どもに向って話す、説明するのではなく、
子どもに耳を傾けることが最も大切なこと。

子どもの為に時間を注ぐことは.....
→子どもに価値を与える
→何が重要な事か価値をみとめる
→感心を注ぐこと
→教育者も共に学ぶということ
→100の言葉を学ぶ
→全ての5感をもって耳を傾ける

"お互いに耳を傾ける場を持つ"

聴くための教育学を実現するため、
教育者は道具・枠組み・仕組みを用意する。
子どもが探って理解するもの、自分の発見が
価値のあるものなのだと自覚できるような。
それらは毎回アップデートしていく必要がある(場・空間・素材など)
教育者自身を見直し、永久に探求しつづけなければならない。
どんなチャンスがあるか、何を提供できるか、子どもと同時に美・創造は生まれる。
大人の子どもへのホリスティックアプローチは芸術(=世界を観る目)を育てる。
子どもたちは芸術家で研究者
場は子どもたちの好奇心を広げるものであるべき

"Wonder learning" 驚きから学ぶ

関係性をつくる
コミュニケーションをとる
耳を傾ける
そして観察し、解釈し、記録(ドキュメンテーション)をとる。

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◎佐藤学氏のお話

それまであった、子どもの見方を変えるという偉業をレッジョは行った。
Enfant(子ども)という言葉は
「without sound / no sound」ことばをもたないという意味
Persona(大人)という言葉は
『with sound』ことばをもつという意味からできた単語である。

学びは驚きから始まる。驚きから始まる学びは驚きに値する。
Wonder of learning / Wonder of learning of learning

西洋的伝統的な学びは
1/ 自分の内面を育てること(Cultivating Myself)
2/ 対話の伝統(他者の声を聴く)
このプロセスこそが学びである。

Conversation with others
Conversation with creation
Conversation with myself

学ぶ事の出発点は他者の声を聞く事

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◎ Q & A

Q : 子ども達との活動で印象深いできごとは何ですか?

A : たくさんありすぎてます。熱中できるプロジェクトを毎日探し出し、
毎日生まれているので数え切れません。
例えば、先日訪れた水とエネルギーのアトリエでは、
光線や食について学びました。そこで「なぜ水は下に流れるの?」など
そいう質問が出て来て、大人も好奇心や失った
想像力疑問を思い出すという場面がありました。

*佐藤学氏の印象深いプロジェクト
『すべてのものには影がある(蟻以外はね)』
こどもは光に興味を持ち、影に魅力を感じる。
自分の影を見つけたときの驚き、すべてのものの影を探しだします。
しかしルーペで蟻を見ても影を見つけられなかったので
こんなタイトルになりました。(蟻に影がないことを心配していた)
大人は子どもに影を経験するチャンスを与える。
なぜこんなことが起こるのか子どもが自分で考える手助けをする。

『ライオンの像のプロジェクト』
ライオンとの友情関係をつくるだけでなく、絵を描いたりねんどで創作しながら
ライオンの原点を探し出しライオンの力を見つける。
ライオンにまたがる勇気を持つ。観るだけではなく自分のものにする。
(上手に作る、ということではなく、自分の中に取り込む、
ライオンを自分のものにするために制作することは、
現代アートと同じとワタリさん)
この時、子ども達は蟻やライオンの言語を話している。

Q : アトリエリスタ・ペダゴジスタの養成はどのように行われているのか?

A : 現場で直接子ども、先生、保護者と付き合いながら学ぶ。
すべての教育者はもう一人の教育者と一緒に学ぶ。
ドキュメンテーションをつくることもとても大切。週3回ほど、
起きたことやこれからの計画についてディスカッションしている。
大人は子どもと過ごしながら、明日、来週何をするか?を即興で考えだして行く。
それぞれの現場にあったものを作り続ける、
常に変わっていくので永久に訓練している。
大学でレッジョアプローチ講座の博士課程を作りたいと考えている。

Q : ローリス・マラグッツィの思想や理論を
どのようのに引き継いでいるのか?

A : マラグッツィの思想は完成した教育理論ではなく、
常に挑戦し、刷新し、現代化させていくアプローチ。
戦後、レッジョ・エミリアの市民は、市の協力により、
彼らが望む学校、新しい教育システムを作り出しました。
教育理論を生きたものにするため実践し、記録し、議論しました。
教育理論を完成させるのではなく、常に新しい
マラグッツィのメソッドを行うことではなく、
マラグッツィのものの見方で観察し、
彼の考え方で教育を創造すること。
大切なことはレッジョの町を使っていること、
町の中で自分の価値を見出していくこと。

Q : 展示を観て、人工的な印象を受けたが、
自然とのつながりについてどう考えていますか?

A : そのように感じたとしたら、私たちの表現不足かもしれません。
自然とのつながりは大切にしています。
けれども自然とは、まわりの環境すべてのことであり、当然町も含まれる。
子どもに自分と環境についての関係を発見していって欲しい。
子どもと自然ではなく、こどもは自然なのだと知ること

佐藤学氏補足:日本では“こどもは自然の中で育つ”という根深い考えがある。
“文化の中で育つ”という面が弱い。
この考えは日本と韓国くらいで世界の多くの国では、
子どもは文化の中で育つと考えられている。
日本人の自然に対する考え方は異端であると知ることも大切なのでは?
私たちの常識に疑問を持つことのきっかけになる。

Q : レッジョの施設について建築の面からどのような要望を持っているか?

A : 空間、素材、時間について、建築家と一緒に話す事もあるが、
もともとある古い空間を使うこともある。
必要性に沿って改築する。内側の光、外側の光、
広場、コミュニティにとっての価値、
乳幼児施設は家族のためのサービスではなく、
子どもにとっての権利。クオリティの高い空間で過ごすことは
子どもの持つ権利だから、良いものを与えなければならない。

Q : イタリアにはモンテッソーリ教育もあるが、
異年齢教育についてどう考えているか?

A : モンテッソーリ教育からも多くの影響を受けている。
モンテッソーリの先生達ともよく話をする。
レッジョではこども達をできるだけ同じ年齢にしている。
誕生日が近い基準グループもある。
子どもは何ヶ月かの違いでかなり差があるから。
しかし、園の中央にはピアッツァ(広場)があり、
異年齢の子達と出会う機会はたくさんある。
それぞれの年齢の子達と過ごしたり、
ちがう年の子達と過ごしたり、いったり来たりしている。
異年齢のこども達の相互作用を大切にしている。

佐藤氏補足:
モンテッソーリは casa(ホーム)
レッジョは community(コミュニティ)

町にも園にもピアッツァがあり、広場の概念は
イタリアの文化にとってとても大切なもの。
みんなが集まって一緒に議論し、町にとって重要な決断をする場所。
みんなが関ることでそれぞれに責任が生まれる。
広場を使って生きていくのがうまい。

5才のグループが3才のこどもたちのために学校の秘密が描いてある本を作った。
これをやっていい場所はここだよ、とかこの場所は素敵だよ、あの先生は要注意!
など、あとから来る子にむけて、責任を持って説明し、
準備を整える、未来のことを考える態度が現れている。

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◎聴講して思ったこと

子どもは守られるべきものではなく大人と同じ立場を持つものであること。
子どもはリッチ (豊かで) でパワフル (強壮で) で
ポテンシャル (可能性がある) でコンピテント (意欲がある) な存在であること。
大人は教えるのではなく共に学ぶもの、子どもの可能性を導くものであること。
個性の異なる子どもを育てるのにたった1つの方法はなく
その時々にそれぞれにあった対応をして行くこと。
話すことより聞く事を重視した対話をすること。
の大切さを改めて学ぶ事ができました。

特に印象に残ったのは質疑応答での佐藤先生の解答です。
'日本では“子どもは自然の中で育つ”という根深い考えがある。
“文化の中で育つ”という面が弱い。
この考えは日本と韓国くらいで世界の多くの国では、
子どもは文化の中で育つと考えられている。
日本人の自然に対する考え方は異端であると知ることも大切なのでは?
私たちの常識に疑問を持つことのきっかけになる。'

という部分です。私たちは子どもは自然の中で育つという考えを持っています。
特にこの頃の自然志向でその考えに重きを置いている人が増えてると思います。
けれども、その考え方は世界的にはまれで、むしろ子どもは「文化」
のなかで育つという概念があるということを初めてしりました。
ですから人工物も含め、私たちの築いた文化的生活の中にある物を素材や
プロジェクトのテーマにするのだと思いました。
この考えはおそらくレッジョの構成主義につがるのだと思います。

この講演は、関西や四国の方からも訪れている方がいらっしゃいました。
レッジョ・チルドレン代表のカルラさんと
佐藤先生の対談はそれだけ貴重なものでした。
レッジョ教育講師石井さんのはからいで
カルラさんや佐藤先生とご挨拶することもでき
レッジョをさらに身近に感じる事ができました。
佐藤先生に関しては私たち@キオッチョラ@
のご近所にお住まいだそうで、私たちは勝手に
「やっぱり、ご縁があるのね〜」と思ってしまいました。

/// カルラ・リナルディさんの著書(英文) ///

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The Diary of Laura: Perspectives on a Reggio Emilia Diary
Editors: Carolyn Edwards, Carlina Rinaldi


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In Dialogue with Reggio Emilia: Listening, Researching and Learning
(Contesting Early Childhood)



Posted by Nakamura
[PR]
by reggio_chiocciola | 2011-07-15 20:23 | その他
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